エンカントという地について

2021/12/06

WDAS ミラベルと魔法だらけの家

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※本記事は『ミラベルと魔法だらけの家』のネタバレを含みます。観賞後に読むことを強くお勧めします。
※ここで記される全ては筆者の個人的な解釈であり、製作者または公式の見解とは異なります。



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50年前、コロンビアにて、生きる地を追われた家族が引き剥がされた場所、エンカント。


そもそも何故この場所ができたのか?という疑問はさておき、まずはこの地が出来た理由に深く関係するアルマについて触れておきたい。





アルマとペドロ



夫ペドロを亡くした悲しみに打ちひしがれていたアルマを救ったのがエンカントの誕生と授かったギフトであった。しかし彼女はこの授かった贈り物を守るためと躍起になり、家族に自己犠牲を半ば強要することとなる。




The Family Madrigalという曲で彼女は



"We shall always help those around us
And earn the miracle that somehow found us"
私たちはいつも周りの人々を助け、そしてどうしてか授かった魔法の力をさらに得る

"The town keeps growing
The world keeps turning"
この街は大きくなり続け、世界は回り続ける

"But work and dedication will keep the miracle burning
And each new generation must keep the miracle burning"
しかし奇跡の火を燃やし続けるためには働きと献身が必要
そして次の世代もまた、その火を燃やし続けなくてはならない


と歌っている。そしてこの曲へのアンサーとなるのが「Dos Oruguitas」だ。

気になった方はもう一度聴いて欲しい。The Family Madrigalでのアルマのパートをよく聴くと、「Dos OruguitasのAメロと同じメロディ」だということに気付くはず。

Dos Oruguitasの歌詞も同じように見てみよう(流石にスペイン語はわからなかったのでGoogle翻訳と英語版の歌詞で意味を補完している)。



"Navegando un mundo
Que cambia y sigue cambiando
Dos oruguitas paran el viento
Mientras se abrazan con sentimiento
Siguen creciendo, no saben cuándo"
2匹は変化し続けるこの世界を旅する事を望んだ
2匹一緒にこの世界を 共に成長しながら
回り、止まらずに回り続けるその世界を


"They hold each other
No way of knowing
They're all they have for shelter
And something inside them is growing
They long to stay togethеr
But something inside them is growing"
何も知らないままにお互いのことを抱き締める
2人の心の避難場所や、自分の中に何かが芽生えていることを
2人で生きることを望む、でも心の中には何かが芽生えている


*(ここまでがアブエラのパートと同じメロディの部分)


"Ay oruguitas, no se aguanten más
Hay que crecer a parte y volver
Hacia adelante seguirás
Vienen milagros, vienen crisálidas
Hay que partir y construir su propio futuro"
ああ、小さな毛虫よ、もうしがみつかないで
僕達は別々の道を歩む時
奇跡がやってくる、蛹がやってくる
自分の未来を作り、そして始める、今がその時



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この歌詞を見ると、同じメロディでも両者の認識は全く違うということがわかる。「回り続ける世界(World keeps turning)」と「変化し続ける世界(Mundo que cambia y sigue cambiando)」の対比だ。




アルマは世界が変化しない(keep)ことを望むが、Dos Oruguitasでは世界は変わる(changing)と歌う。

アルマは魔法の力をきつく締め付けて離さないことを必要としているが、Dos Oruguitasでは「Don't you hold too toght(強くしがみつかないで、手を離して)」と歌う。




余談だが、ミラベルはWaiting on a miracle内で「All I need is a change」と歌っている。ミラベルがアルマと対立したのもつまり「変化を望むミラベル」と「物事が変わらないことを望むアルマ」という構造の中にあるという訳だ。



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では、このDos Oruguitasの歌い手はじゃあ一体誰なのか?


こう聞いて恐らく誰もが思い浮かべるのが亡きペドロの存在だろう。本編でも2人の思い出をなぞるようにこの曲が進行する。このペドロとの思い出がきっかけとなってアルマは大切なことが何だったかを思い出し、黄色い蝶が舞う中でミラベルとハグを交わすこととなる。





黄色い蝶


さて、黄色い蝶といえばやはり言及しておかなければならないのがガルシア=マルケス『百年の孤独』でのある一章。黄色い蝶がまとわりつく、ある男の話。※公式からの明確な言及はされていないが、ディズニーが本作を元にしたのは明らかである(詳細は初見時に書いたブログを参照してほしい)。

あらすじはこうだ。


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ブエンディア家の娘メメはマウリシオ・バビロニアという小汚い職工の男と恋に落ちる。何度か会ううちにメメはあることに気付いた。黄色い蝶。工場場でも映画館でも群衆の中でも、必ず彼の周りには黄色い蝶が飛んでいる。厳格な母親の監視下で生活しているメメだが、黄色い蝶を見付けると心が踊った。しかし、彼らの密かな逢瀬を知ったメメの母親は警官に鶏泥棒が家に来ると相談し、マウリシオは鶏泥棒という汚名の中で警官に撃たれ、そして死を迎える。

死んでからも黄色い蝶は彼女の周りを飛び回っていたが、「長い日数がたったころのある日、黄色い蛾(※蛾は現在では蝶の誤訳と解釈される)の最後の一匹が扇風機の羽に当たってばらばらになった。それを見た彼女は、間違いなくマウリシオ・バビロニアは死んだと思った」と、メメは彼の死を受け入れる。


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黄色はマルケスが最も愛した色で、彼が亡くなった時にメキシコで行われた追悼式では紙の黄色い蝶が空を舞ったそうだ。


つまり『百年の孤独』では、「死を受け入れる」という意味合いで黄色の蝶が出現したということだ。

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映画でも黄色の蝶が何度か登場した。まず、カシータの階段に飾られているペドロの遺影には蝶が3匹描かれている。「Dos Oruguitas」の曲中、ペドロとアルマが出会うシーンではアルマは黄色い蝶が羽ばたく先にペドロの姿を見た。黄色い蝶は家を救う鍵としてブルーノの予言に登場し、最後にミラベルとアルマが川で抱き合うシーンでは、黄色い蝶の大群が周りを飛び回る。

マドリガル家の皆はそれぞれ自分のギフトに関係した紋章を服に身に付けているのだが、アルマが自分の服(腰のあたり)に身に付けているのは蝶のブローチである。




彼女はずっと「黄色い蝶」に囚われているのだ。






ではこの黄色い蝶が『百年の孤独』と同じように彼女の目の前に現れたとき、誰が誰の死を受け入れたのか?
おおかた想像はついているだろうがその通り、あのミラベルとアルマが抱き合い、黄色の蝶が何匹も舞うシーン。


「アルマ」はあのシーンで今まで来ることができなかった川に自ら足を踏み入れ、そして「ペドロ」の死を、前に進み、別々の道を歩むことを受け入れたのだ。



アルマがミラベルを川で抱きしめ蝶が舞うシーンのインスト曲「El río」でも、エンカントができる時の音楽と同じメロディが使われている。つまり、ミラベルとのハグは「和解のハグ」ではない。
ペドロの死を受け入れたアルマが自分の人生を歩み始める、最初の一歩としてのハグなのだ。黄色の蝶は彼女の過去の思い出のメタファーでもある。だから、過去から解放された彼女の元を、黄色の蝶は群れを成して飛び去っていく。


「ペドロが導いてくれた。ミラベル、貴方なのね」は、彼女のペドロとの人生の終わりであり、ミラベルやマドリガル家との人生の始まりなのだ。




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エンカントという地について


さて、この映画は「昔々、あるところに...」という常套句では始まらない。

アルマがミラベルに「Abre los ojos」と囁く台詞から、エンカントの世界が幕を開くのだ。

「Abre los ojos」とはスペイン語で「目を開けて」という意味であり、このシーン以外にも何度も登場する、本作の鍵になる台詞である。

例えばアルマが不安をペドロに打ち明けるシーン。彼女は空を仰ぎ、ペドロに「Open my eyes(目を開かせて)」と懇願する。最後のAll of youという曲を聴くと、最後にミラベルにドアノブを渡す場面でもアルマは「Abre los ojos(目を開けて)」と言っている。


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このように何度も出てくる「Abre los ojos」だが、サウンドトラックを確認すると、このAbre los ojosというタイトルのインスト曲が存在する。


何を隠そう、「エンカントができる時のBGM」である。







そもそも、エンカントという地をもたらした力の源であるキャンドルに注目すると、あれは「亡くなる時にペドロがアルマに手渡したもの」だ。つまりエンカントという地を造ったのはロウソクの力である以前に、「ペドロがアルマに渡した力」によるものだという解釈が可能だろう。


エンカントという地そのものが、ペドロを失い悲しみに打ちひしがれ、目を閉じながら涙を流すアルマに対しての「しがみつかないで、泣かないで、目を開けて(Abre los ojos)」という意味の贈り物(Gift)であり、ペドロからのメッセージだったのではないだろうか。


そして彼女はペドロの死を受け入れ、同時に彼からの「もう手を離して、別々の道を歩む時、自分の人生を歩んで」というメッセージを受け入れ、ミラベルとハグをする。


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Encantoという単語は「魅力する」「魔法にかけられた」というような意味もあるがその他に、恋人を呼ぶ時の名詞として(例: ¡Ven aquí, encanto!=「愛する人、ここにおいでよ」)も使われるそうだ。


エンカントという地はペドロからアルマに向けた愛する人への呼び掛けであり、この作品はその生まれから終わりまで、2人の暖かな愛の話だったのではないだろうか。







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クラコウの暗い病院の片隅で、ひとことも口をきかずに老衰で息を引き取ることになるあの秋の朝まで、彼女は一日も欠かさず彼のことを思いつづけたにちがいない。


ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』(1967) 





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